東京講演(その1)






<テープ起こし>

1.高い所からすいません、あの、ちょっと昨夜(お月様から)書いてみよと言われましたので、ちょっと

読んでみます。私は高知の生まれで小学校しか出ていませんので、皆さんのように教養も学問もございません。

奈良の天理で35年も住んでおりますので、土佐(高知)と奈良の方言がちゃんぽんになっておりますので

東京の方には聞き苦しいかと存じます、分からない事はあとで尋ねてください。

私の主人はインド洋に行く商船の舵手(船のかじとり)でした。海軍の軍属で主人が戦死したことが分かる

と主人の母は、遺族年金はわしが貰うからと子供を置いて主人の家を出されました。(中略)

今年(平成4年)子供が48歳になりました、子供が11歳の時のことです。夜半の時のことでした。

「天照皇(てんしょうこう)、天照皇、眼をさましてみよ、ワシじゃよ」長い間、そのよぶ呼ぶ声に眼

がさめました。何遍も何遍も、繰り返えし繰り返し、誰が誰を呼んでおるかな、と目がさめますと南の

窓にお月さんが出ております。「わしはお月さん、お前は日様や、この地球の子供はわしとお前の子」(中略)


2.(お月さんは)「始め中国とソ連が戦争をして、日本には何カ国も(攻め込んできて)駅という駅

街という街、工場という工場、基地はもちろんの事、天から火の雨が降ってくるぞ」(と言われる)

(私は)本当にびっくりしました。それを(お月さんが)夜毎夜毎言われるんですね。(中略)

(お月さんが)夜が来ると話をする、朝が来ると話をするんです。(私は)大きな声で、それでも神か

神というものは人を助けるもんやろうが(と)、大きな声で泣き叫びました。

(私の家から)街が近いですので通ってる人は皆んな、私の大きな声で言っているのが聞こえるんですね。

ですから、皆さん(私が話しているのは)誰って聞くんですね。そうしましたら、私の母を田舎から呼び

まして、あんたの娘さんは気違いやよ、病院に入れなさい(と言われました)。(中略)

あのう、(私の)母も大変でしたし、私の兄弟も何遍も寄りました。私を病院へ入れるのに、、、

でもねえ、お月さんの話するのは変わらないんです。

「なんぼのお、わしが、お前がアメリカとソ連に戦争をするなあと言うて聞かせても、火の戦争をやる

ぞって。わしは、わしの言うことを聞かんような子供はいらんぞ」(中略)



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